自分で見よう。
先週金曜日の夜中、突然DVDを見たくなりました。
確か、発売されてすぐに買ったと思うのですけれど、1回見ただけで眠っていた。
それが夜中突然に、無性に見たくなったのです。
金曜日の夜中から、土曜日の朝まで、徹夜で見て、昼過ぎに起きた後、残りを見ました。
泣かせよう泣かせようとしているのでは?と、思うくらいにイイ。ここ一番での音楽も良いんですよね。
島で、辺境地で生きるということ、それはとても厳しいことで、都会に住むボクには想像もつかないのですけれど…………。
病気になることは、命取りになる可能性も含んでいる。
医者がいないこと、設備がないこと、都会の人間は、あることが当然のように感じているのかもしれないけれど、決して当然ではないんですねぇ。
知らないところで、守られている。
しかも、便利であることが、当たり前になってしまっている。
けれど、島にはそんな当たり前がない。
それが島で生きるということ。
そんな状況を、もっと知っても良いのではないのでしょうか?
狗飼恭子さんが「幸福論」というエッセイの中に、
『三宅島のこと。もう終わったことのように感じていた。自分にはあまり関係ないことだと思っていた。テレビや新聞じゃ伝わらないリアル。
リアルに触れることを、諦めちゃいけないと思った。興味を持つことをやめてはいけない。私はもっと、知らなくちゃいけない』
と、書いてました。
ニュースでは伝わらないもの、それは自分の見たもの。
自分で見るということをやめてしまったら、感じるということがなくなってしまうのかも知れません。
『Dr.コトー診療所』
確か、発売されてすぐに買ったと思うのですけれど、1回見ただけで眠っていた。
それが夜中突然に、無性に見たくなったのです。
金曜日の夜中から、土曜日の朝まで、徹夜で見て、昼過ぎに起きた後、残りを見ました。
泣かせよう泣かせようとしているのでは?と、思うくらいにイイ。ここ一番での音楽も良いんですよね。
島で、辺境地で生きるということ、それはとても厳しいことで、都会に住むボクには想像もつかないのですけれど…………。
病気になることは、命取りになる可能性も含んでいる。
医者がいないこと、設備がないこと、都会の人間は、あることが当然のように感じているのかもしれないけれど、決して当然ではないんですねぇ。
知らないところで、守られている。
しかも、便利であることが、当たり前になってしまっている。
けれど、島にはそんな当たり前がない。
それが島で生きるということ。
そんな状況を、もっと知っても良いのではないのでしょうか?
狗飼恭子さんが「幸福論」というエッセイの中に、
『三宅島のこと。もう終わったことのように感じていた。自分にはあまり関係ないことだと思っていた。テレビや新聞じゃ伝わらないリアル。
リアルに触れることを、諦めちゃいけないと思った。興味を持つことをやめてはいけない。私はもっと、知らなくちゃいけない』
と、書いてました。
ニュースでは伝わらないもの、それは自分の見たもの。
自分で見るということをやめてしまったら、感じるということがなくなってしまうのかも知れません。
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